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「旅」とかいうやつ

一人でどこかに旅行を行くことを、「一人旅」と世間では呼ぶようだが、

誰が読んでいるんだろうか?

おそらく、行く本人がそう言っているように思う。

 

大学を卒業する間近から、一人で旅行することを覚えた自分であるが、

当時は、1週間くらい家に帰らない自分の行動を「旅」と呼んでいた。

おそらく2年くらいは、一人で行くものは「旅」と呼び続けていた。

 

それだけ、一人で行くということが、稀有な存在と思われることを嫌がり、

自ら「友人が少ないのではないですよー、大いなる一歩を踏み出す勇敢な男なんですよ!」

と自己主張していたように思う。

 

ただ、慣れてくると、

「えっ!一人なんですか?」という声にも慣れ始め、

いや、それが私の中の普通ですが・・・ということを覚え始めてからは、

「旅」という単語は使わなくなった。

 

いや、思い出せば、

世界一周をしている日本人の「一人暮らし」と「実家暮らし」の比率を一度調べてみたところ、

私の統計では圧倒的に後者の「実家暮らし」の方が多いとあるとき気づいた。

 

「旅」って、実家でぬるま湯に使っている人たちが、

大きく一歩を踏み出す行為をさすもので、

日々、金に困り、必死に一人暮らしをしている人たちの苦しみもわからず

一時的にサバイバル感を味わう人間のいう言葉ではないか?

と思ったのもそのときであった。

 

そう思うと、別に格好をつけずに、

「旅行」でいいじゃないか、と思った。

 

もしかしたら、その「旅行」と無理に言い続けている自分も

強がっているんだろうなとも思うこともある。

 

あと「バックパッカー」。

あの言葉も嫌いだ。

 

彼らはリュック背負って「地球の歩き方」に書いている観光地を

ただ旅行しているだけじゃないか、と思う。

 

それを「バックパッカー」というグローバルな言い方をしている人を見ると

正直、友達にはなれなさそうな気はする。

 

おそらく「旅」という言葉を使う人間が、自らのスタイルを「バックパッカー」と

呼んでいる気がしてならない。

 

あと、

貧しい旅行(お金を最小限に絞って旅行)をしている人たちが、

「現地感覚に一番近い」

「ツアーにはわからないだろう」

「会社員には経験できないことをしている」

と豪語している人も正直、私の中では受け入れがたい。

 

大阪の西成の安宿に泊まる外国人たちが、

「俺たちが一番大阪の生活を理解している!」と豪語したら、

おそらく、大阪人は誰もが「いやいや」というに違いない。

 

そんなことをグダグダ書いてきたが、

20代後半からこれまで多くのところを旅行してきたが、

働きながら、最大限に余暇を楽しむにはどうしたらいいのかな?という

自身のテーマをこのブログでは伝えられればとは思っており、

 

独りよがりな、上から目線ではなく、

「誰でもお金と計画と思いがあればできる」ということを伝えたい。

 

そんなところです。

 

※長文失礼いたしました。