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【2日目】北京からモンゴルへ

10月17日 モンゴル国境まで

 

今日のシベリア鉄道のルートは、北京 → 二連 である。

 

北京を出て、700kmほど走り、夜にはモンゴル国境を越え、夜中にモンゴルの入国手続きを済ませ、 

翌日のお昼にはモンゴルの首都ウランバートル(Ulanbator)に着くという道のりである。

 

 

 

AM7:30 

乗り込んだ電車でとりあえず本を読み始める。

今回、20冊近い本を持ってきたが、そのうちの一冊が、『1968』(小熊英二 著 2009年 新曜社)

である。

 

2009年に発売された本で、上下巻合わせて2000ページを超える本で、

タイトルの通り、「1968年」という時代の考察本である。

 

1968年ー1969年は、日本では学生運動が行われた年で世界的に見ても

政治的な運動が多数起こったが、その時代とはなんだったのか?

莫大な資料をもとに、莫大な量の内容をもとにその原因を追究していく本である。

以前、チャレンジしたが挫折し、

今回、母親が乗りたがっていたシベリア鉄道に乗りながら、

母親の生きた時代を感じ、少し自分のルーツを辿りたい

そんな気持ちで持ってきた本である。

(感想については改めて記載しようとは思う)

 

AM 8:00

同じ部屋のおじさんが話しかけてくる。

名前はユハニというらしい。

フィンランド人男性(以下ユハニ)で、定年でリタイアして世界をゆっくり回っているだとか。

 

ユハニは、フィンランドからニューヨークに飛び、

バンクーバーまで行き、そこからガラス張りの電車に乗って

トロントまで行ったと。4日ほどかけて。

 

↓この電車に乗ったみたい。

VIA鉄道です。

 

※写真は、VIA鉄道です。先頭車両がガラス張りだとか。

ユハニさんの旅行の話に戻ると、

カナダのトロントについた後、

その後、上海まで飛び3日ほど滞在し、北京に来てこうして電車に乗っていると。

(今朝は、北京南駅に行ったようで、慌てて列車に乗ってきました。)

 

途中(明日)、ウランバートル(モンゴル)で途中下車し、1週間過ごしたのちに

再び乗車。イルクーツク(バイカル湖近く)で再び1週間過ごし、

ゆっくりとモスクワに向かい、そのまま帰宅するのだとか。

 

この人に限らず、

リタイアした人が、北京発のシベリア鉄道には多くいた。

また、オーストラリア人、ニュージーランド、タイ、イギリスなど

多国籍にわたる人が乗り込んでいる。

日本人は2日たった段階ではまだ見てはいない。(結局最後までみず。)

 

電車が動き出すと、

あっという間に、北京の都会らしい雰囲気は去り、

すぐに岩山、川、という風景に変わり、

1時間もすれば、中国をも疑うような無国籍な地形を

電車が走っていくのを感じた。(上のGoogleMAPでもわかるように、北京の北側はすぐに山である)

AM 9:00

 

同部屋のユハニさんが万里の長城はどこだ?と聞かれるも、

どうも見逃した模様で二人でがっかりする。

 

その後、

噂にはきいていたが、この電車の食事チケットが2枚配られる。

噂ではクソまずい食事がでるだとか。

↓の写真はそのチケット。

 

AM11:00

同部屋のフィンランド人のユハニは、

同じ車両には10人ほどの乗客(アジア系2名、他全て白人系)と仲良くなり、

同部屋の私を裏切る形で彼らと食事へ。

※まぁ、ひたすら本を読んでいたらそうなるなと。

 

食事車両に移動。

そこに4人掛けで座ると、勝手にご飯が出される。

びっくりするほどシンプルで、

ライスが不味いと久しぶりに感じた。

目の前には、NZから来たという男性と世界一周中のおじいさんがいたが、

見た感じ、太ったトムクルーズにしか見えず、

絶対お忍びで来てるんだろうなと、そう言い聞かせながらみんなでその不味い食事を食べる。

4人テーブルで、大半の人が残していたので、おそらく本当にまずかったのだろう。 

 

ご飯の後、食事車両から部屋に戻り、

ユハニに、「ご飯クソまずかったねー、どうだった?」

と初めて自分から話しかけたところ、

「君にとってはnot likeだったんだね、うーん、一言で言うとsimpleな味だったね、私にとっては。」

と、そこは無駄にオブラートに包んだ表現をしてくれた。

 

13:00

部屋の外にある廊下にでると、同じ車両の人間(10名)が外の景色をみて何か感傷に浸っているように見える。

いや、それがこの電車の楽しみ方なのかもしれない。

 

なんとなく眠りにおちる。

 

15:00

夜にモンゴルに到着するにあたり、

中国の出国カードと免税申請の用紙が配られ、用紙を記入したあたりで、

自分も外を眺め始め、電波がかろうじて繋がるこの状況に身を置き、

ネットワーク社会からのサヨナラを誓うが、またメールが来るなど、この日だけ仕事をした。

 

 

17:00

そうしているうちに、ディナーの時間になり、

コミュ力をなんとか発揮し、同部屋のユハニと一緒に食事車へ移動。

 

ご飯は見た目は昼より良かったが、味は相変わらずダメだった。

八角かなんかわからんけど、あの臭みが強すぎるやんと。

(徐々に電車は内モンゴルに入っていき、景色が、平らになっていく)

 

あと、料理を一品ずつもってくるのはやめてほしい。

ましてはご飯を最後にもってくるのはあかんだろと。

(写真にはないが、このあとご飯がきた。)

 

よく見ると、

横にいたタイ人女性は、ふりかけをかけてライスを食べていた。

 

18:00

暮れ行く夕日をずっと眺めながら時間を過ごす。

場所は、内モンゴルである。(内モンゴルってモンゴルなの?いや中国です、という場所である。)

詳しくは、モンゴルに入ってから記載していきたいと思う。

 

車両の中では、親切で中国語も話せる白人の人が、

「20時に国境近くにつき、そこで出国手続きをしたのちに車外に出るけど一緒にどう?」と誘ってくれた。

 

中国とモンゴルでは、線路幅がことなるため、国境では車庫に一度入庫し、

車両を持ち上げて、レールを切り替えるだとか。その時間が数時間かかるので、外に出ようとのことである。

※事前にその情報を知っていたため、特に迷わず、そうなんだときいた。

 

あと、その後4時間以上停車するため、トイレが使えないので今のうちだよ、

と、色々と教えてくれた。

シベリア鉄道のトイレは、ペダルを踏むと、線路に落ちる、線路へポットン式である。

車両が停車中は基本的にはトイレは厳禁になる。

各車両の車掌が鍵を閉めるため、使いたくても使わせてくれないというのが正確だ。

 

 

19:00

同部屋のユハニが、ギターを弾きたいけどいいか?と演奏を始める。

日本人的な、「おれ、ギター弾けるねんけど聞いてーな。」的な

ニュアンスではなく、ただ手持ち無沙汰なかんじであり、

旅を体で楽しんでいるようであった。

 

彼の演奏に、旅行の醍醐味を感じるべく、酔いしれた。

ただ、30分以上引き続け、ずっと演奏を全身全霊で聞くとかえって

気が散るのではないか?と、こちらもこちらで再び読書を始めた。

なんか幸せな気持ちをこの旅行に感じながら。

 

 

20:00

 

そうしているうちに、

モンゴル国境の二連(ERLIAN)という駅についたが、

特に電車から降ろしてくれるわけでもなく、パスポートを預けたタイミングで

何も外には出してくれず、(ガイドブックと話が違うではないか)

ただただ、電車を切り離したり、

ジャッキで車両をあげたりと、強い揺れと金属音に車酔いに近い感覚を持ち、

一度就寝。

 なぜ切り離すかについては、過去のブログを参照。

(※一言で言えば、国によって線路幅を変えることで、侵略を防ぐため)

 

結局、車両の変更に4時間近くかかった。

 

 

24:00

モンゴルに入国し、ザミンウデ(DZAMYN-UDE)に到着し、

パスポートを返却してもらう。

 

出国審査中、外の写真を撮ろうとすると、「一同からあかんよ」と注意され少し凹む。 

 

こうして、17時間近い電車を通して、夜中にはモンゴルへ入っていった。

 

夜は揺れすぎる電車で腰をいわし、また神経質な自分とあり、

横におっさんがいると思うとあまり寝れなかった。

 

 

1日目を終えたところで思うこと。

「電車って暇じゃないの?」ということを出国前に周りから聞かれたが、今のところ、そうは思わない。

(この文章自体は、1日目に作成) 

 

・世界ってこんなに広いんだなと肌で感じ楽しめること。

→景色が本当に単調であるが、微妙な変化がとても面白い。

 

・日々の生活の中で、積極的に休むということがどれほど貴重なことか。

 を改めて感じさせてくれること。

→日々の生活での休日が、普段は仕事の骨休めをメインになっているが、

 旅行がメインになると、どう時間を使おうかを考え、それを実行する楽しさがある。

 

・部屋や車両の人間の間で連帯感が生まれ、この電車に乗る人間がどんな人間か?を探り合うことが面白いこと。

→なぜ、ここにあなたはいるのですか?という問いを互いに積み重ね合うことで、自身の旅行とは違う目的でここにいる人たちを知り、その楽しみ方もシェアし合えること。

 

この3つが大きいと思う。

 

逆に残念なことは、

・英語が全く話せない自分の不勉強っぷり。

・旅行に行くと、必ず便秘になる、この神経質な体のせいでお腹が痛い。

 便座の位置が高く、足が宙に浮くため、きばれないこの辛さ。

・中国の元を1万円換金したが、全く使う時間もなく、余りそう。

 

と、自身のメンタルと計画性のなさが残念でならない。

 

こう言っている間に、自分の車両に乗っている白人の方々の大半は翌日の昼には

ウランバートルで下車することになる。

なんとなく寂しさが今からある。

 

 明日へ続く・・・。

 

 

 

 

 

【旅行メモ】

☆北京 → モンゴル 間は、途中下車し駅で食事購入することは不可(難しい)。

(お酒の購入は、食堂車で買うか、北京で乗り込む前に買うか、の2択)

 

☆食堂車にて弁当購入も可能。(夜食用に)

 ただクソまずい。

 

☆中国を出る際の出国カード、モンゴルに入る際の入国カードは、車掌さんが持ってきてくれる。

 (飲食券も含めて)

  

☆中国ーモンゴル間のパスポートチェック等はかなりゆるい。

 

☆景色は本当に綺麗。(山から内モンゴルの乾燥地域に入っていくあたりの変化をたのしむべし。)

↓時間の経過とともに変わっていく景色です。