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モンゴルの現在(前編の補足)

前回、モンゴルの現在(前編)ということを書きましたが、

友人に話をしたところ、そもそも「ソ連」の歴史も知らないと言われ、

少しソ連の歴史に補足がいると思われるため、補足日記を書きます。

 

【ソ連の歴史でよく出てくる人】

 

レーニン(1870年〜1924年)

ソビエト連邦の創始者であり、初代の最高指導者。

しっかりとした体系だった思想を持ち合わせており、未だに尊敬され続けている方。

クレムリン宮殿の前の霊廟に、今も遺体が永久保存されていて、月曜以外の毎日3時間、一般公開しています。(見ました。)

 

モンゴルに関係していうと、彼は1922年には一線を退いており、モンゴルの独立とレーニンは直接関係ないと思われます。

ただ、彼も無神論者で、当時のロシア正教には、財産没収と宗教の弾圧を行っておりました。

(1980年代まで、ロシア正教会では、イコンを持つことも許されてなかったようです。)

 

 

スターリン(1878〜1953年)

レーニンの後に続いた最高指導者。

1922年から1953年の死ぬまで指導者として活動。

1930年代には、粛清という名のもと、

・スパイ

・反逆者

など、疑わしきものは、すべて処刑または、シベリアへ流刑にしたようで、

約80万人が1930年〜50年に殺されました。

 

モンゴルの寺院(チベット仏教)をすべて潰し、僧を処刑したのも、この時代の指導者であるスターリンで、

その後、弾圧は収まり、1970年頃には、チベット仏教も再び芽生えてきたようです・・・。

 

彼は、ロシア正教も徹底的に弾圧するなど、爆破なども行っています。

 

第二次大戦時のソビエトの指導者で、戦後、日本人をシベリア拘留した時のもスターリンです。

 

なんか、今はなき、岡田眞澄に似ている?と思うかもしれませんが、

それは逆で、岡田眞澄がスターリンに似せたというのが正しいところです。(wiki参照ください。

ゴルバチョフ(1931年〜)

ソビエト連邦最後の書記長。

 

1985年に最高指導者につき、ペレストロイカとグラスノスチを実施。

当時、不景気で政治も腐敗していたソビエトでトップに就任した男が、これまでの清算をしようと提案。

具体的な政策として

・のちの独立するウクライナやベラルーシなどの自治区にもっと自治権を持たせよう

・一党独裁をやめよう

・社会主義を辞めようと。

そのこともあり、彼は冷戦を終わらせた男として、1990年にノーベル平和賞を受賞。

 

日本でも人気があり、

1991年にゲームも発売されています。

 

 

ゴルバチョフの対応に対して、やはり世界が揺れ、

1990年に東西ドイツが統一。

1991年 リトアニアが独立を宣言。(弾圧)

と、当時の東側諸国は、ソビエトの方針転換にうまく相乗りする形で、独立、統一されていきます。

 

そして、その後、ゴルバチョフが主張していた各国の自治権をより強める新連邦条約を締結しようとした前日に、

アンチ・ゴルバチョフ派であった、副大統領などに軟禁され、クーデターが起きます。

ただ、国民や軍部や国際社会から反対にあい、クーデターは失敗。

 

そうして、ソヴィエトは崩壊します。

 

※ちなみに、ソ連とは、ソビエト連邦のことですが、

ソビエトとは、国名ではなく、「労働者の評議会」という意味で、

連邦とは、「邦」・・・「自国」「国」という意味であり、

ソビエト連邦は、ソビエトの国が連なったものであり、

ソ連の崩壊=ソヴィエトから脱退し、各国が独立したという意味かと思います。

※ちなみに、今もロシアはロシア連邦で、ロシアは、複数の邦で成り立っている国家です。

 

 

そのソ連の崩壊に導いたゴルバチョフは、

2018年11月現在も存命で、今も当時彼のとった一連の改革は賛否両論ではあります。

 

 

ところで、

先にも書きましたが、ソビエトの崩壊より先にリトアニアは独立を宣言し、

ソ連の崩壊後、CIS(独立国家共同体)にも属さなかったバルト三国(リトアニア・ラトビア・エストニア)・・・。

 

昔習った高校の授業では、バルト海に面した国・・・というどうでもいいことしか覚えてないですが、

旧ソ連国家の中でも少し異質な位置にいます。

(彼らは2004年にEUに入り、2015年から通過はユーロに切り替わっています。)

 

彼らはどのような歴史を歩み、どうして早々に独立を企てたのか・・・・。

そこは興味深いですねー。

実際に行って色々と見てきたので、そこは改めて書きたいですが、まずはモンゴルですね。

 

この補足日記を読まれた方が、

モンゴルの歴史をソ連の歴史になぞらえながら、捉えてもらえたのであれば嬉しい限りです。

 

 

 

 

 

【モンゴル民族について】

前回の日記で、内モンゴルについて少し触れましたが、内モンゴルないしは、

モンゴル民族ということで少し補足しておきます。

過去の複雑な歴史はさておき、

清から独立できたエリアが現在のモンゴル、同じモンゴル民族がいながらも独立ができなかった地域が内モンゴルです。

内モンゴルは広さは、日本の3倍、人口は2000万人を超える中、モンゴル族は約1割のため、

モンゴル国の人口(300万人)に匹敵するほどのモンゴル人が、内モンゴルに住んでいます。

 

ちなみに、この内モンゴル自治区では、レアアースが世界一出ます。

また、黄砂の大半は内モンゴルから飛んできています。

 

また、ロシア国内にもたくさんのモンゴル族はいます。

詳細は、ロシアのところで書きますが、モンゴルの北、バイカル湖あたり(ブリヤート族)は、

17世紀にロシアが攻めてくるまで、ずっとモンゴルが支配していた地域で、今も人口の半分はモンゴル系です。

 

また、1771年にカスピ海近くに定住した、モンゴル族(カルムィク族)は、

エリスタに世界最西の仏教を現在も残しています。

 

※先の、ブリヤート族も、カルムィク族もチベット仏教を信仰していましたが、スターリンにすべて破壊されました。

(現在は再建されています。)

 

下地図 エリスタの場所

エリスタ