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【番外編】時差とサマータイム(前編)

日記上では、シベリア鉄道に乗って4日目であるが、

当時、毎日時差が変わり、いま何時なのか・・・よくわからない生活をしていた。

 

まず、北京と大阪の時差は1時間であった。

モンゴルは北京と同じであったが、ロシアに入り、また一時間時計が戻り・・・、翌日には・・・。

という感じで、1週間かけて、時計を7時間戻す作業を行っていた。

 

そんな作業をしている中、一つの疑問が浮かんだ。

 

「年末、ニューヨークでカウントダウンで行った時、NYの12月31日の午前10時のタイミングで日本は年明けだったな」と。

 

「それって、アメリカも時計を14時間戻しているよね。」

 

「今回もモスクワとの時差は7時間で、時計を7時間戻す作業を行っている。」

 

「なんで、西に行っても東に行っても日本から見て時計を戻すんだろうか?

 

「つまり、モスクワもニューヨークも日本との時差は、「ー7時間」「−14時間」と、なんでマイナスなんだろうか?」

 

という疑問である。

 

その時は全くネットワークも繋がらなかったので、

なんでだろう?と不思議に思ったまま日々を過ごしたが、

少し考えたらわかるような話である。

 

今回の旅行とは関係のないコラムは、

「時差と世界の時間事情」についてである。

 

 

昔学校で習った話では、

・地球の自転(くるっと回ること)1周が1日であり、

・球体に対して、24時間で割ると、15度分進めば、1時間時差が生まれる。

・世界の標準時は、イギリスのグリニッジ天文台を標準時(0度)にしており、日本は明石の東経135度を標準時にしている。

・つまりはイギリスとは9時間の時差がある。

 

と昔習った気がする。

ただ、調べると、昔習った「グリニッジ天文台」とやらの標準時の考えはもう昔の話であり、

今は、UTCという、科学的な根拠の元、時間を管理しているようである。

 

また、計算すると、地球1周は40000kmで、(15度分)約1650kmごとに時差が1時間ズレると計算上ではなる。

本来であれば、西に行けば時間を戻し、東にいけば時間を早めるはずである。

 

でも、西に行っても東に行っても時差は両方ともに日本から見てマイナスになるのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その鍵を握るのが「日付変更線」である。

 

 

先の図に太平洋の真ん中に「日付変更線」というものが引かれている。

そこより東に行けば、マイナス1日し、

そこより西に行けば、プラス1日にするというルールを昔聞いたことがある。

 

それだけで考えた際、

日本は東経135度、ニューヨークは西経75度で、

東経180度あたりに日付変更線が引かれており、

日本からニューヨークへは

東経180度地点まで、45度分移動=日付変更線、

また、日付変更線は西経180度でもあり、日付変更線から見た場合、(180度ー75度)=105度

移動した計算になり、

 

45度+105度=150度分の時差があり、

本来は、10時間分増えるはずであるが、

日付変更線のため、24時間マイナスになり、そこから10時間たすため、結果的に−14時間である。

 

 

と、説明はややこしくなる。

では、なぜ、そんなややこしいことになっているか?

いや、なぜ、日付変更線がひかれたのか?

 

そこを考えると、答えが自ずと見えてくる。

 

 

 

 

 

①なぜ日付変更線が設けられたのか?

WIKIなどをしらべるとわかるが、そもそも西へ進むと、日の出が遅くなる。(東から太陽がのぼるため)

 

かつて、マゼランが西航路で世界一周をした際、定位置にいた人と比べると、日の出の数が1回合わなかった。

(要するに地球の自転1回で1日のため、世界一周するということは、自転1回分が合わないため、自ずと日の出が1回ズレる)

 

wikiを転載すると下記のようになる。

 

16世紀にマゼラン一行が西回りでの世界一周航海を達成して出発地のスペインへ帰り着いた際、この日付の矛盾が発覚した。乗組員のピガフェッタは世界一周航海にあたって日記をつけていたが、帰路でアフリカの西にあるヴェルデ岬諸島に寄港したとき、日記に記録していた曜日は現地の曜日より1日遅れていた。さらに乗組員たちは、帰着後に自分たちが記録した日付が正しいとも主張したため大騒ぎになり、ローマ教皇のところに使者が出される事態にまで発展した。

この矛盾は、現在では容易に説明が付く。マゼラン一行は地球の自転とは逆向きに世界を一周したため、地球が自転した回数よりも彼らが地球の周りを回った回数が1周少ない。つまり、彼らが見た日の出の回数は出発地のスペインにとどまっていた人々が見た回数より1回少なくなる。

もし、一行が逆の向きで世界一周をしたならば、一行は地球の自転の回数に加え、さらにもうひと回りしてしまうことになるため、日付は1日減らさなければ他の人々と日付が合わなくなる。

 

 

当時、どのように、移動中の時計を管理していたかはわからないが、

日の出の数で1日を数えたとすれば、世界一周すると自ずと日の出の数がズレる結果になる。

 

その後

そこで時差という概念を作る際、

本来は西へ15度分行けば、1時間遅れ、

東に15度分行けば、1時間早まる

のだが、1周すると1日ずれるので、それを防ぐために

 

太平洋の真ん中の、国が少ないところに日付変更線というものを引いて、

計算上の矛盾を防ぐ効果をなしている。

 

要するに、下記のようである。

上記のように、イギリスを真ん中にした地図で考えるとわかりやすい。

地図は球体でもなんでもいいが、端が日付変更線である。

 

日付変更線を基準として、

その線の西から世界の1日がスタートし、(地図の右端から世界の1日がスタート)

ハワイの東の日付変更線で世界の1日が終わると考えるというものである。(地図の左端が一番遅い)


そもそもグリニッジ天文台を0と考えるのではなく、日付変更線を0と考えてそこから、西へ行けば1時間遅くなるという平面的に考えたらわかりやすいかと。

 

 

その考えでいくと、

日本から、モスクワもニューヨークも日本よりも西にあるため、

結果的には日の出は遅くなるため、時差はともに7時間、14時間なりマイナスする形になる。

 

ちなみに日付変更線の東にある

ハワイの時差は、−19時間とほぼ前日になる。

そんなことは知っているよ!

という方も多いと思うが、もう少し深堀した話を書いていきたいと思う。

時差や日付変更線のもう一つの役割として、国際市場の問題がある。

 

国際的な取引をする際に、

NYと日本では14時間も時差があり、

NYの朝8時は日本の22時で、取引としては、ほぼ時間のないものである。

逆もしかり、日本の朝8時は、ニューヨークの18時と、もしかしたら、帰り帰宅をしている時間になりかねない。

 

そんなことはよくある話なので、現地の方々は何かしらかの方法で乗り越えているかもしれないが、

日付変更線のあたりで、仕事をしている人はどうだろうか?

 

例えばサモア。(サモア独立国)

 

 

 

 

オーストラリアの北東にあり、ニュージーランドの北北東あたりにある。(アピアと書かれたところ)

 

この国は、かつては日付変更線の東にあった。(もっと昔は西にあった)

オーストラリアとの距離は・・・

数え方にもよるが、おおよそ5000km前後で、時差は現在3時間である。

(オーストラリアのほうが3時間遅い)

 

以前、2011年まではサモアは日付変更線の東にあった。

(正確にいえば、日付変更線の東に定義づけられていた。)

 

そのため、サモアは世界で一番日の出が遅い国として扱われ、オーストラリアとの時差は21時間であった。

(オーストラリアが21時間早い。)

 

これが何を意味するか?

オーストラリアはサモアにとっての最大の貿易国である。

 

  休み 営業 営業 営業 営業 休み 休み
オーストラリア
 サモア

 

上記の表のように

商取引の中で、どうしても相手国がお休みという日があり、

サモアからすれば、金曜日はオーストラリアやってへんやん!

 

となり、小国ならでは貿易事情もあり、2011年に変更をした。

2011年7月4日を2回繰り返して日付の帳尻を合わせたようである。

 

 

 

ちなみに、私の大好きな国別データを紹介すると、

サモアのGDPは8.5億ドル弱、人口は20万人弱、面積は2944㎢と、大阪より大きくて奈良県より小さいくらいである。

人口20万人って、兵庫県伊丹市くらいである。

人口密度は、北海道の根室くらいである。(このページを参照

 

サモアの日付変更線が何を意味するか?

ここからが本題である。

1888年の日付変更線の図であるが、今より、かなり西にカーブしている。

そう、各国の時間なんて、実に恣意的なものである。

(現在の日付変更線が曲がったりしているのも、各国の都合というより事情である。 )



 

日付変更線に限らず、彼らがどの時間を採用するかは、

その時代の経済や貿易や国内・国際事情などに合わせてコロコロ変化しうるものである。


 

例えば韓国を例に見ると、

現在は日本と同じ135度線(明石の標準時)を採用し、+9時間地域とされているが、ここに至るまでに5度近く韓国は標準時を変更している。

 


1897年 韓国標準時を制定(+8時間28分)


1904年 日露戦争時に日本の標準時を使用開始(+9時間)


1908年 韓国標準時(127.5度線を基準)の時間を再定義(+8時間30分)


1912年 日本の135度線と合わさる。(+9時間)


1935年 満州国も日本時間に合わせる。


1954年 韓国標準時を採用(127.5度線を基準)(+8時間30分)


1961年 135度線を基準とする標準時を採用(+9時間)


 

以下詳細をwikipedia より抜粋。

 

現在、韓国標準時の基準となっているのは東経135度であるが、この経線は韓国および北朝鮮の領域内を通過しておらず、日本を通過している。大韓帝国時代初期は首都・漢城(現在のソウル)での平均太陽時が標準時とされており[1]、京城時[2]や韓国標準時[3]と呼ばれていた。京城時は、日本の中央標準時よりも32分遅かった[3][4][5]

鉄道においては、日露戦争の起きた1904年より日本の標準時が使われることとなった[6]。1904年11月20日、民間企業の京釜鉄道は運転時刻を京城時から日本の中央標準時へ変更した[3]。1906年5月26日には、明治三十九年統監府令第十三号が出され、統監府及び所属官署において使用する時刻が日本の中央標準時と定められ[7]、1906年7月1日に京釜鉄道統監府鉄道管理局へと引き継がれた。

しかし、二つの時刻が併存しているのは、錯誤が起き易く不便であったため、統監府は方針を転換し、韓国側の時刻を採用すべく韓国政府と協議を行い、韓国政府は1908年隆熙2年)4月1日に官報第3994号(勅令第5号)で韓国標準時を定め[8]、同日に統監府は府令を以って韓国標準時を採用することとなった[2][9]。この時は、漢城のやや東を通って朝鮮半島を南北に貫く東経127.5度を基準とし、UTC(当時はGMT)との時差は8時間30分であった。これは、日本が使用していた中央標準時と西部標準時(南満州鉄道でも1907年5月16日から使用していた[10])との中間となる。

日本統治時代朝鮮総督府官報第367号(告示第338号)により1912年1月1日に東経135度基準に改められ日本の中央標準時と等しくなった。1937年1月1日には満州国の標準時が日本の中央標準時と同等になったため、朝鮮と満州内の朝鮮人居住地である間島との間に時差が無くなった。

独立後、大韓民国では朝鮮戦争後の1954年3月21日、日本統治時代の残滓を取り除きたいという大統領・李承晩の意思で、在韓米軍などの反対を押し切り、大韓帝国時代の東経127.5度基準に戻された(大統領令第876号)。しかし1961年8月10日に、国家再建最高会議5・16軍事クーデター後の軍事政権)の法律第676号により再度東経135度基準とされた(1986年12月31日の法律第3919号「標準時に関する法律」でも東経135度基準に定められている)。これはグリニッジ標準時から30分単位の時差のある127.5度という標準子午線が、航空・航海など国際的な交通や、天文・気象などの観測の上から不合理だったという理由によるが、連合作戦を行うべき在日米軍在韓米軍の間に時間差が生じることによる作戦上の支障から、在韓米軍の要求が影響を及ぼしたという説もある[11][12]

 

 

北朝鮮に関しては、

戦後は一貫して日本と同じ時間であったが、

角刈りの無慈悲な一言で2015年に1度、変更があった。


最近、また日本と同じようになったようである。全く知らなかった。


一方、朝鮮民主主義人民共和国では一貫して東経135度基準を使用していたが、2015年8月5日の政令第599号により、光復70年となる同年8月15日午前0時30分よりUTC+8:30の「平壌時間」午前0時に切り替えられ、韓国と30分の時差が生じるようになった[13]。しかし2018年5月5日より30分繰り上げられ、再び韓国との時差はなくなった[14]

 

 あと、たとえばスペイン。

本来であれば、イギリスと同じ経度と近しい(グリニッジ時なので、+0時間)が、

ドイツのヒトラーと仲がいいという理由で、戦前にドイツと同じプラス1時間を採用し、今も続いている。


スペインは、ポーランドとも同じで標準時を採用しており、隣国ポルトガルとは1時間時差がある。


そのため、

スペインの日の出はクソ遅い。

2018年の1月1日の場合、

日の出 8時37分

日の入 17時58分と、緯度の高い国ばりの遅さであり、冬には日没もありえないほど遅い。



ヨーロッパの標準時の一覧図

 

 

 

 

 

 

 

もっと言えば、中国なんて、北京に標準時を構えているだけで、

あの広大な土地をすべて(+8時間)で運用している。(中国標準時参照)

 

wikiから抜粋すると、

中華人民共和国の領域は東西方向に伸びているが、全土で同じ標準時が使用されている[1]。そのため、太陽が南中する時刻は中国の東端では午前11時頃、西端では午後3時頃となる。また、隣接するタイムゾーン(標準時が同一の領域)もUTC+4:30アフガニスタン)からUTC+10ロシアの一部:ウラジオストク時間)の広範にわたり、特にアフガニスタンとは3時間30分の時差が生じることになる。

 

とあり、昔香港に行った時に、なんか日の入りが変な気もしなくもなかったが、そういう事情である。

     


参考にいうと、ロシアは11個の標準時を持つ。

 

 

 

オーストラリアは下記のようである。

 

こうやってみていくと、

へー、そうなんだー、と感じる。


各国の標準時というのは、

地理に全て依存してるのではなく、

政治や経済など左右されながら各国内の都合に合わせながら形成されていくものである。



そして、

旅行しているともう一つ気になるものがあった。

     

 

サマータイムである。

 

 

 

 

 

ちょうど旅行中は、10月末とあり、ヨーロッパではちょうどサマータイムの終わるタイミングで、どこから時間が変わるのか?などと思いながら旅行していたため、事前にかなり調べて旅行をしていた。

 

サマータイムを調べると、世界各国は、標準時で出来なかった細かい調整をかなりサマータイムで細かく行なっている現実が見えてくる。



何をどうしてるのか?

     




…後編につづく。

(昨今、日本でもサマータイムは議論されており、時事ネタを合わせつつ、書けたらと思う。)

 

 

 

 

【補足】

サモアは、サモア諸島にある国で、

サモア独立国

アメリカ領サモアの二つがあり、

 

②のアメリカ領は日付変更線の東にある。

 

②のほうが圧倒的に小さく、サッカーでオーストラリアに大敗したのも②のアメリカ領の方である。

下記に大きく示したのは②であり、一度世界地図で探してみたら面白いものかもしれない。

 

 

 

サッカーの試合は下記である。