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【7日目】ロシア 4日目 シベリア鉄道を降りる

さて、長く続いたこの旅行も、本日、10月22日 PM1:58にモスクワに到着し終わりを迎える。

 

10月22日のおおよその経路は、

キーロフからモスクワまでの道のりである。

 

途中、朝の7時にニジニノブゴロドというロシア 第五の都市を通過する行程である。

 

 

ということで、日記スタート。

夜中(3時過ぎ)、最期の晩餐を一人で行った。

残ったウォッカと、イルクーツクで買ったビール、大阪から持ってきた「おいしい缶詰」をあてに、

雑炊と合わせて飲む。

 

そのまま酔って寝た・・・。

 

今になって思うが、

シベリア鉄道は、電車の音はかなり大きい。

横になると、揺れは感じ、決して生活しやすい環境ではないが、2日目くらいで慣れてくる。

 

また、前にも書いたがさほどお腹は空かない。

ただ、お酒を飲むと結構酔う。

 

おそらく、鉄道ならではのストレスを体が感じて

酔いやすいのかもしれない。

 

そんな感じで、最期の晩餐は一人でこっそりと行った。

 

朝を迎える。

 

地球の歩き方(シベリア&シベリア鉄道とサハリン 2017年版」によれば、

最終日の朝は、特に感動的な朝らしく、とても楽しみにしていた。

 

 

引用すると、

「延々と続く同じ白樺の林に丈の低い草木が混ざってきたり、

 ほんの少し景色が変わったことに気がつくとすごくうれしかったりする。

 そして・・・最終日を迎え、あんなに退屈だった単調な景色がもう見れないと思うと、

 寂しさを強く感じた。」

 

「最後の朝かもしれないと気がついたら涙が出そうになった、それぐらい毎朝は楽しみだった。

 なぜなら、・・・それは言葉にできないくらい美しかったからだ。」

 

らしい。

 

 

実際に朝を迎えて、みた景色がこれである。

今見ると綺麗である。

ただ、10月22日にみた時の感想としては、特にノートにメモも残っていなかったため、

見慣れた景色で何も感動もなかったのかもしれない。

 

おそらく、帰国して写真をみて、話を盛ったんだろうなと思う。

 

ただ、季節も秋とあり、

夜が長いと、朝、急激に景色が変わっていることも多々あった。

特に、中国からモンゴルに入った日と、モンゴルからイルクーツクに入った日の

最初の二日は特にそうだった。

その感動は、今も脳裏に焼き付いている。

 

地球の歩き方に書いてあるように、

寂しさというのに関しては、確かに思うところは多い。

 

シベリア鉄道に乗った人で、

リピート乗車する人は多いようだ。

 

それは鉄ちゃん(鉄道マニア)ではなく、

旅行としてのシベリア鉄道をした一般の人たちで、

ハマる理由もわかる気がする。

(自分は、シベリアの個々の街を探索する旅行の方がしたいが。)

 

 

 

 

 

景色の写真が自分のスマホにたくさん残っていた。

おそらく暇だったんだろうと思う。

写真はモスクワ到着4時間前の写真である。

 

 

 

おおよそ、

モスクワでの過ごし方、バルト三国での過ごし方など、

このあとの後半の旅行計画は、ここ2日間でしっかり練っており、

本も読み疲れて、ぼーっと時間を過ごす。

 

そこで、

久しぶりに、インターネット接続を試みた。

 

すると、

・日本シリーズで、広島が1勝したらしい

・ボクシングで村田諒太が敗戦したらしい。

 

などなど、

比較的、どうでもいい情報が入ってきたが、あまり気にならずであった。

 

 

こうして、

とりあえず、InstagramやFacebookの更新をしたり、なんだかんだ、

日本との交流を行いながら、時間を過ごした。

 

 

なぜか、無駄に自撮りをたくさんしたので、掲載をしておく。

電車に6日ほど乗り続けると多少精悍な顔つきになるもんだなと。

どうでもいいけど。

 

そして、時間は10時30分。

モスクワの一つ手前の駅である、ウラジミールが近づいてくる。

かつての古都で1000年近い歴史のある街で、現在の人口は30万人ほどで、モスクワから200km

離れた都市である。

 

駅到着の直前、あれが見えた。

これではないが、この街の寺院は、

あとで調べると世界遺産にも登録されているらしいが、

初めて、予期せずこの玉ねぎ型の塔を見たら、かなり興奮はする。

 

 

 

街は、とても貧しそうで、シベリア鉄道に乗っていた時にずっと感じていたが、

ロシアという国の経済は大丈夫なのか?

これは、帰国後に、色々と国を調べようと思うきっかけであったが、見た目、スラムっぽくも見える。

 

 

そして、ウラジミール駅に到着。

何か、近代的な建築物がお出迎えで、

あぁ、ホントにここにきて、社会主義かなんか知らないけど、

そんな旧ソビエトを感じてしまった。

この駅には、特に売店もなく(おそらく、向かいのホームに行けばあるかもしれないが)、

ただ、皆が皆、最後の停車駅ということで多くの人が降りて、体を動かしていた。

 

あまり見られない、ロシアのこの文字にもそろそろ慣れてきて、

読むことが楽しみの一つにもなっていった。

 

 

ただ電車で過ごした6日であるが、

ロシアという土地に慣れはじめ、

恐れもなく、早くモスクワについて遊びに行きたいという気持ちが膨らむのを感じた。

 

 

いつも旅行で思うことであるが、

「いかに早く旅行モードに入れるかどうか?」

 

これが、旅行中、いちばん自分の中で大事にしていることである。

・言葉は話せないけど、とりあえず話してみよう

・文字は読めないけど、早くこの文字に慣れよう

など。

 

と同時に、

イレギュラーが起こることを予想して、それを楽しむのも旅行の楽しみかと思う。

 

あんまり関係ない話なので、そこはいいとして、そんな感じで、

最後の停車駅も過ぎていった。

 

 

 

 

そうなると、あとはモスクワだけである。

ただあとの三時間は、荷物の整理や、5日間お世話になったサンダルを捨てたり、

乗務員に少し挨拶をしたり、そんな感じで、ただワクワクと寂しさを感じながら電車はさらに西へいった。

 

ここで、少しだけ書いておくと、

自分の乗っていた車両は13号車で、

イルクーツクあたり(3日)から、三人しか乗っていない。それに対して乗務員は2名と、

手厚い体制であった。

 

他の車両には中国人と思われるお客さんがたくさん乗っていたが、

車両が変われば、ほとんど交流がない。(停車駅でみる程度。)

 

そもそも、同じ車両の人ともほとんど交流がなかった。

同じ車両の2名はロシア人2名で、

一人は大柄で足の悪い人、もう一人は、ロシア人らしい顔をした人で、

共に寡黙そうな人で、部屋も異なりお互い話しかけることもなかった。

 

 

 

 

 

 

そうして、13時58分

電車はモスクワに到着した。

正確には、

モスクワ/ヤロスラーフスカヤ駅であり、

 

100m以内に、

レニングラーキー駅

コムソムリスカヤ駅というモスクワという名前から程遠い名称の駅が隣接しており、

 

あとでめちゃくちゃ苦労することになった。

 

 

 

話は、モスクワ駅に戻るとし、

 

モスクワ駅は、

イメージとしては、

東京駅のようなところで、

都市の中心部まではいかないが、重要そうな企業のビルはあるが、どちらかというと

綺麗に整理された駅である。

 

 

話を電車に戻すと、

 

電車を降りると、少し肌寒い、5度前後の気温であった。

空気が少し澄んだような心地であり、

終わりよりも、新たな旅行の始まりを感じさせるものであった。

 

そこで、

何度も断られ続けていたが、乗務員に写真をお願いしたが、

日馬富士に似た乗務員が、ポーズをとってくれただけで、最後まで

強面の乗務員は撮らせてくれなかった。

 

 

電車を降りて歩き出すと、

初日の昼に世界一周中だったおじさんも最後まで乗っており、笑顔でポーズをとりながら、

電車と一緒に写真撮影をしていた。

 

また、ロシア人2名も握手をして去っていったが、彼らは旅行というより、

長距離移動をしてきただけのような感じで荷物が少なかった。

 

なぜか中国人はあまり見かけなかった。

 

こうして、電車をおりていく姿を見ると、

それぞれの人のシベリア鉄道の思いがあり、

それぞれのスタートを迎える駅であり、皆が去っていく駅でもあり、

シベリア鉄道は、旅行でもあったが、結局は単なる移動手段のような気持ちにもなった。

 

 

ただ、

そのモスクワ駅は、広い駅でもなく、

迎えの人などもおらず、皆、5分もしないうちに駅から去っていった。

 

 

こうして、

シベリア鉄道の旅行は終わりを迎えた。

 

【完】

 

これで、シベリア鉄道編は終了します。

 

次からは、モスクワーバルト三国編がスタートします。

 

これまでの旅行のまとめたぺーじはココです。