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香港・バンクーバー・シアトル旅行記①プロローグ 概要と疑問

2019年12月27日〜2020年1月3日まで香港経由でカナダのバンクーバー、アメリカのシアトルに行ってきた。

 

ロサンゼルスに行こうと計画していたものの、予定していた飛行機が大幅値上げし、

なくなく香港経由、香港航空でバンクーバーに行ったのが、この場所を選んだ理由で、

大きな目的は特になく、ただ、日々の仕事の疲れを癒しに行くだけが目的であった。

 

最初に訪問した香港で、約半日過ごした感想として、

 

デモが思った以上に行われていないことへの安心感と、

今更ながらなぜ香港ではこれほどまでにデモが行われているんだろうか?

という単純な疑問が湧いてきた。

 

思えば1997年香港がイギリスから返還された同年、香港にクリスマスから年末にかけて

私は旅行で訪れている。

私が当時見た香港と、2019年末に見た香港はさほど変わっているようには見えなかった。

 

当時と変わらない香港にて、デモが行われている原因は何なのか?

という疑問は膨らむばかりである。

 

そこで、色々と本を読みつつ、調べれば調べるほど、

香港の成り立ちと現在、この変化がデモの原因である

ように思える。

→その現在と過去の香港の記述をしながら香港旅行記を書いていきたい。

 

 

 

次に、

バンクーバーに話を向けると、

カナダは移民の国、バンクーバーは移民の街として言われているが、

たしかに本当にびっくりするくらいアジア系の人が多い。

 

昨今、移民の話が話題に上がる際、

他民族を受け入れの話がメインで、「移民を受け入れる」制度的なことが語られがちであるが、

バンクーバーにアジアの人々がなぜこれほどいるのか?

という移民そのものの歴史的な一面はさほど語られることは多くない。

 

 バンクーバーに旅行中、GOOGLE MAPでは「JAPAN TOWN」と呼ばれるエリアがあった。

へー、バンクーバーにも「JAPAN TOWN」があるんだー、と思ったが、

今は、現地ではJAPAN TOWNと呼ばれるような日本人街としての形は見当たらなかった。

そもそもこの地図以外ではJAPAN TOWNとやらの記載は見ていない。

かつての日本人街とこの辺りのエリアは呼ばれているようである。

 

では、そのかつてJAPAN TOWNと呼ばれていた地域はどのように生まれて、どう衰退していったのか?

そこが気になってきた。 

 

そもそも今の時代、普通に生活していて日本人が「移民」として世界各国に散らばっていった

という過去の歴史というのは、さほど多くは語られない。

多くの知人に移民について話をしても、あまり知っている人はいなかった。

 

しかし、戦前の教科書などには、日本の移民がどれほど世界にいるか?

ということも書かれており、(youtubeで見た)少なくとも

移民とはかつては語られるべき人たちであった。

そこで一つ今回バンクーバーという街を記すにあたり、

バンクーバーという移民の街を記すにあたり、

 

日本人がかつてどのように世界に移り住み、

どのようにその地域で根付いて行ったのか?

 

カナダのみならず、アメリカ、ハワイや南米や、日本国内のとある島も含めて記述していきたい。

その視点をもってバンクーバーを書いていきたい。

 

 

 

その他、旅行中には、

シアトル生まれのコーヒーショップにも訪れたこともあり、

そこから見えるアメリカ社会、

 

その他、今、世界的に話題になっているあるものも、ずっと追っかけ続けたので、

それも紹介しながら旅行記を展開していきたいと考えている。

 

このあたりは、まだ調べごとが終わっていないので、まだ不確かなことしか書けないが、

それも頑張り次第なので、まずは完結できるように一つ一つ書いていこうと思う。

 

では次の更新をお楽しみに。